白のシナリオプロローグ


 荒れ狂う波間。おかしい。自分はなぜか船の上で嵐に巻き込まれている。
 
 気が付けばここにいた。あの灰色の世界のビジョンは夢だったのだろうか。いや、むしろこれが夢なのだろうか?
 自分のほかにも何人か人影があるのは確認できるが揺れと足元が悪すぎて近くによることもできない。
 このまま、飲み込まれて死んでしまうのだろうか―――。


 ◇


 必死に手すりにしがみつき、耐えていたことしか覚えていない。
 暖かな光にゆっくりとまぶたを開けば、あたりは白い砂浜だった。穏やかな波が打ち寄せては引き返している。
 とりあえず、嵐が嘘ではなかったのは打ち上げられて崩壊している船の残骸を見ればわかった。
 他の人はどうなっただろう?
 「あ、よかった。まだ生存者がいらっしゃって」
 すきとおった声に振り返ると、白いネコミミの娘がこちらに微笑みかけている。白い髪がさらさらと風になびいているのが印象的だ。
 「まだってことは……他にもいるんだ、よかった」
 少しほっとした。自分と同じ環境にいた人が一人でもいれば状況の把握がしやすい。
 「あの、他の生存者はどこに?」
 「あの丘の上の研究所でお休みになられてます。皆さんまだお疲れのようなので、夕食のときにでもご一緒されてはいかがでしょうか」
 指を指された場所にあるのはどう見ても過去の遺産。砦、というやつだ。いまどきこんなものがデータ以外で残っていたとは驚いた。それよりも、森も、街道も無事なここは、あのビジョンのようには影響をうけなかったのだろうか?
 「すみません、質問ばかりで申し訳ないのですが、ここはどこなのですか?」
 「センチュリア王国です。皆さん、この島の外からいらっしゃったのですよね?こんなこと初めてなんです」
 そんな国は聞いた事もない。そしてここは島らしい。外から人が来たことがない、ということは帰るための船の便など到底ないだろう。少なくとも原住民がいるのだから、無人島でないのだけは救いだったのかもしれない。
 ネコミミの娘は首をかしげてこちらを珍しそうに眺めていたが、思い出したように口を開いた。
 「こんな所で立ち話もなんですし。研究所には沢山お部屋もありますから、しばらくそちらに滞在なさってはいかがですか?」
 知らない土地で不用意に動くのは心もとない。とりあえず、素直に好意に甘えることにした。


 彼女の後について研究所へ足を踏み入れると、やはりレプリカ武器やたいまつといったRPGの世界でしか見たことのないようなものが壁にかかっていて、テーマパークにでも来た様な感覚になってしまう。
 石造りと言うのだろうか。飾り気のない階段を上っていくとある部屋の前でネコミミの娘が立ち止まった。
 「こちらの部屋を使ってください……えと……私はミシェルといいます。何かあればご遠慮なく言って下さいね。それと1階の研究室には入らないようにお願いします。研究の邪魔になると主が怒りますので……。それでは、夕飯時にまたご案内に参りますね」
 こちらも釣られて丁寧に頭を下げて彼女を階下へ見送ると扉を閉める。窓際のベッドが埃もかぶらず綺麗に保たれているのは彼女が毎日整えているのだろうかなどと思いながら、木製の開き窓をあけると、そよそよと海風が流れ込んでくる。
 「……いい所だな。観光なら」
 正直、こんなにのんびりしていていいものだろうかという葛藤はある。『人に親切にしておいて捕って食うような物語』を思い出し、だが馬鹿馬鹿しくなってぼーっと外を眺めていた。
 RPGの世界で見た、田舎の小さな村、と言う所だろうか。いくつかの小さな家が見える。
 あたりはかなり広い森に囲まれていて、それらをさらにぐるりと囲むようになだらかな山々が望んでいる。高層ビルやバーチャルの世界に囲まれる生活を送っていた自分にとってはこれが本当の自然なのかと新鮮さすら覚えた。
 そんなことを考えたせいか意識は現実に戻り、ネットワークのメニューを開こうと試みた。
 「出ない……」
 ウインドウにはエラーの文字。
 甘かった。いくら便利なシステムがあろうと、中継点がなければ何も機能しない。すなわち、このセンチュリアと呼ばれる島では自身の内蔵ネットワークによる検索や通信は不可能だということだ。
 いや、ここだけかも知れない!……他にも町があるかもしれないし!
 幸いまだ日は高い。夕食までは時間があるし、体調もハードな体験をした割に元気だ。少しミシェルに話を聞いてあたりを回ってみよう。そう思って階段を降り、1階に差し掛かろうとした所で。
 「にゃー!」
 何か黒い羽の生えたものが目の前を横切った。
 「あっ!すみません、その子捕まえてもらえますか!お夕飯用のお魚盗み食いしようとして……!」
 ミシェルと挟み撃ちにして、しばしの格闘の後、どうにか捕獲に成功した。
 「……猫……?????」
 姿は紛れもなく猫なのだ。ただ、背中からコウモリのような羽が生えており、摘み上げられて不機嫌そうにバサバサと羽ばたかせている。
 「はい、この子は主のウィステリア様の研究動物で……」
 「おい、部外者に余計なことしゃべるな。モルモットの分際で」
 奥の部屋の前で白衣を着た青年が腕組をしてこちらを睨んでいる。それを見て申し訳なさそうに、ミシェルがか細い声をあげた。
 「申し訳ありません……」
 「またよそ者を連れてきたのか。ここはいつから宿になった?俺の研究の邪魔をするつもりか?」
 青年のあまりな物言いに、彼女を後ろ手に庇い、「悪いのは自分だから出て行く」と主らしき青年に申し出ると、青年はふん、と鼻を鳴らし吐き捨てるように言い放った。
 「追い出して森をうろうろされて野たれ死にでもされたらそれこそ胸くそが悪い。空いてるんだ、好きに使えばいい。ただ俺の邪魔だけはするな」
 ……こういうのをツンデレというのだろうか。一度部屋に帰ろうとして、青年はこちらを振り向き付け加えた。
 「ついでに、そのモルモットにあまり構うな」
 彼がモルモットだと指しているのはどうみても羽猫ではなく、ミシェルのほうだった。言いたいことは言ったのか、彼は部屋へと戻っていく。
 ミシェルが苦笑を浮かべて、少し寂しそうにうつむいていた顔を上げた。
 「本当に申し訳ありません。悪い人ではないのです。ただ少しばかり人付き合いが苦手なだけなのです……」
 そうだとしてもこんなおとなしい子をモルモット扱いするのは正直どうかとは思う。いや、彼女がおとなしいからこそ、言われるままになっているのかもしれない。
 「にゃー……」
 摘まみあげたれたままの羽猫が、魚を咥えたまま気だるそうに宙ぶらりになっていたのに気づき、ミシェルに魚を返して離してやるとばつが悪そうに窓から外へ文字通り飛び出していった。
 「あの猫、大丈夫?」
 「うーん……いつもはしょんぼりして門のそばで不貞寝しているんですが……あんな勢いで飛んでいくのは初めてです」
 嫌われたかな?とミシェルに尋ねると、主に似て人見知りなのかもしれない、とやはり少し寂しそうに笑っている。
 
 さて、これからどうしようか。
 彼女にもう少しここの事を聞くか、はたまた散歩がてらに羽猫を探しに行くか。のたれ死ぬ程広い森も気になるところではあるし……。
 自分のとった選択肢は―――。


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白のシナリオは独立しています。

他のシナリオと違って、かなり準ファンタジー要素が強く、上記テキストのようにネットワークも使えない状態です。ディストピアはあんまり……という方や、西洋風ファンタジーがお好きな方用のシナリオです。のんびりお茶会したい方にもオススメです。

砦にごやっかいになってる所から始めるのがゆるめで、砦に拾われず遭難した所から始めるとちょっとサバイバルな感じです。武器など持たない状態ですので、 その辺りも気を配る必要があります。

0話では夕食あたりまでの話になると思いますので、それまでにやりたいことや状況などを書いてくださると助かります。研究室に関わるときは特にお気をつけて。怖いお兄さんがいますので^^;