実行また実行であれ

 

呼び止めておいた三人に話を聞く。
やはり気がかりになのはラファエルのことだった。システムを作った本人が何かしら関与しているとユウキは客観的に考えている。
「質問は三つです。一つ目はラファエルさんは作ったゲームを愛していたか?ということ。二つ目はアズリエルさんの特技。三つ目はルインさんがラファエルさんをご存知かどうか。以上です」
事務的に、淡々と質問をする。
「ラファエルは……うーん、そうだなあ。もう6歳からゲーム製作に関わっていたから……作ること自体が面白かったっていうのはあったと思うし、出来たゲームは必ず自分でプレイしたり、パトロールやデバッグもしっかり自分でやってたからなあ」
ゲームに対する情熱か、仕事熱かはわからないが、少なくとも嫌っている様子はなかったとチカヤは言う。
「すごく好きだと思うよ!さっきのザルスじゃないけど、ラファエルもああやってNPCになりきったりするのもすごく楽しそうにしてたし!」
「私も社員だしさすがに知ってるけど……社長としてしっかりしようと頑張ってるけど、根は純粋というか、素直というか。でも子供特有の意固地とか負けず嫌いな所はあるって印象」
アズリエルは近しい感じ、ルインは少し客観的な感じでそれぞれラファエルを語る。
「そうですか、ありがとうございます」
さすがに三人も質問の趣旨はわかっているだろうから、不信なところがあれば多少なりとも話してくれるだろう。
ただ、アズリエルは信じたい、という気持ちのほうが強そうな気はした。
「アズの特技……っていうと、うーん。記録のこと以外なら、おじいちゃんが過保護で、もともと私に遺産を譲るつもりだったから、ウサギの遺電子をつけたんだけどねー……」
たしかに、彼女の頭にはトレードマークといっても良い、大きなウサギの耳が生えている。
「良く聞こえるように。視野は広く。犯罪に巻き込まれても逃げられる脚力を。そういうことらしいわ」
アズリエルの説明が長くなりそうなので、ルインがかいつまんで説明をする。思うに彼女は少女から相当長い話を聞かされたのではないだろうか。
つまりプログラムや記憶とプランナー以外に、耳と目が良く、足も強い、そういう肉体的な特技を持っているようだった。
「わかりました。私も何か情報を得たときにはお知らせします」
礼を言って、三人と別れる。
……もっと情報を集め、動かなければ。
世界の崩壊を避ける為に。

 

 

早朝、まだ日ものぼらぬ様な時間帯のことだ。
普段はチカヤしか座っているのを見たことがないコンピューターの前に、女が座ってなにやら打ち込んでいる。
「工作員……というわけではない……よな?」
隠れて様子を見るか悩んだが、画面に何が映っているのかを確かめたくて、ザルスはあえて声をかけた。
「工作員だったら、とっくに爆破でもしてるんじゃない?」
少し傷ついたような大げさな素振りをして、ルインはジト目でザルスを見つめている。
「チカヤのプログラムの手伝いか?」
「ううん。調べもの」
画面には常人には理解しがたいアルファベットが所狭しと並んでいる。彼女はやはり何かのプログラムを見ているようだ。
「ん……これ魔王側のプログラム……か?……くっ」
頭がズキンとして、しばらく頭を抱え込む。ルインが慌てて椅子から飛び降りて支えてくれた。
「ちょっと大丈夫!?ザルス」
それがプログラムだと理解するのはまだ一般人レベルだが、それが何を指しているかまでわかるのはその手の経験のある人間ということになる。やはり自分はネクストヘヴンの関係者なのだろうか?
だが、正直あまりその部分につっこみたくはない。少なくとも今は。幸い、ルインもそこを追求してこなかったので助かった。
痛みが治まると、再びプログラムを追っていく。
「何だこれは……『魔王は自分が魔王であることを公開できない』……?」
たしかに自白してすぐ倒されたらゲームとして意味がない。レベルを上げたいだけのユーザーが『魔王回し』みたいなことをしはじめたらチートも良いところだ。
その為に周囲から情報を集めて、魔王にたどり着かなければならないということなのか。
「それにここ。魔王側にも勝利条件がある。大きく分けて勇者側と、魔王側でそれぞれにミッションが課せられる仕様ということは、PVP(プレイヤーヴァーサスプレイヤー)が確実に発生するんじゃないのか」
「でしょうね。この世界のシステムになんとか足がつかない様にプログラミングを取り出そうとしたけどこれが精一杯。これ以上ここからアクセスした時点で特定されるから次も厳しい」
「これ、彼らには?」
「まだ。さっきやっと取り出せたってとこだし」
皆がおきてくれば、この情報は共有されるだろう。あとは、皆がどれだけその『ミッション』とやらに従事するかだ。
「先程パシフィカという少女も言っていたが……やはり、魔王になったものは犠牲になるしかないのか?」
「PVPでいうならどちら側にも勝敗の可能性はあるけれど……命の奪い合いになるかもしれないから……」
魔王になったものが良心を持っているのだとすれば、魔王一人が犠牲になって終わることも出来るかもしれない。けれどそれはあまりに非人徳的で、かつて人々が勇者に何もかもを押し付けたのと一緒なのではないかと思ってしまう。
もしかしたら魔王が自殺することも……などと考えもしたが、先程の『非公開』の件から考えても抑制プログラムのようなものが働くのが普通だろう。
「あくまでも、魔王を倒してゲームクリアすることでその後の活動に『有利』に働くだけで、クリアしなくても方法はあるかもしれない」
「そうね、あるかもしれないし、ないかもしれない」
チカヤの情熱と違って、この女性にはだいぶドライな印象を受ける。自分が今、NPCであることも関係しているのかもしれないが、チカヤには恩恵や尊敬を感じるのに対して、彼女にはどちらかといえば若干の畏怖と共感に似た何かを感じる。
おそらくは、彼女も自我に薄いのだろう。
「これ以上アクセスするとまずいなら、あの公務員の男には早めに言っておいた方がよさそうだな」
ザルスが危惧するのはエドワードのことだ。とにかく、このシェルターを危険に陥れることは出来るだけ避けたい。
「アナタも。そういうのは、皆に相談してからのほうがいいんじゃないか」
そして、目の前の女に対しても一応釘を刺しておく。
「そうね。でも、ザルスが見てくれたのなら、それでよかった」
「?」
軽くあしらわれる感じで肯定されたのはまだ良いのだが、その後の言葉の意図が良くわからない。彼女は自分のことを知っているのだろうか?
「じゃね、私、寝るから」
「おい、もう朝だぞ……?今から寝るのか?」
夜通し作業をしていたのだろう。別段仕事があるわけではないので朝に起きる必要はないのだが、それでもあまり不摂生な生活は好ましくないと思う。
真面目なザルスのおせっかいに再びジト目になった彼女は、不機嫌に一言、言い放った。
「もー。うるさいなーー。そういうとこチカヤみたい!」

 

 

「ザルスさんもちょっと影があって、真面目そうでステキ~」
今日現れた新星に興味深々なオネェは、キッチンについているカウンターでお茶を嗜んでいた。
「チカヤさんはちょっとぶっきらぼうだけど頭もよくて、ホフヌングさんは年相応に落ち着いてる感じだし、エドワードさんは安定の公務員だけどちょっとミステリアスだし、カミちゃんはお世話したくなっちゃうタイプっていうの?テオちゃんやモンドちゃんはさすがにまだ若い男の子って感じだけど……」
女の子も普通にかわいいとは思うし、興味がないわけではないのだが、いつからか目は男の方を追っている。
「そうでさぁね、選り取り見取りってぇ言葉もありやすし。人が増えるのは楽しい事でございますね」
ファジーは香りの良いお茶を注ぎなおして、エキゾチックな貫頭衣の美麗な男に差し出す。優雅なしぐさでそれを受け取ると、タスクはその香りを楽しんでいる。
「いい香り。こんなお茶がこのシェルターにあるなんて」
「ああ、これはですねぇ、カミの旦那さんが持ってきて下すったんでさぁ」
1ヶ月ほど前だっただろうか。彼があまりにぐうたらだったので少しばかり尻を叩いてやったことがあったのだが、それから2週間ほどしてこの茶葉を手に入れてきたと自慢げに持参したのだ。
「なんか不思議な御仁ですわなぁ。職業柄いろんな方とお会いしやんすけど、あたしゃ、あんな不思議な方は初めてですわ」
「まあ、それが、カミちゃんのいいところってやつじゃないの」
お茶をまた一口含み、ファジーに尋ねる。
「ねね、昨日、モンドちゃんが出してくれた果物ってまだ残っているかしら?」
「ああ、それならこちらの保冷庫に……」
氷を自動生成して鮮度を保つ、割と古代的な機材だ。水は地下から引いているようなので、とりあえず困ることはない。
タスクは赤い柑橘系の果物をうけとると、包丁でくし型に切り分けてお茶のカップのふちに飾りつけた。
「少し絞ってみて」
「ほう?」
果汁を2・3滴お茶の水面に滴らせると、茶の色が鮮やかになり、香りがいっそう増した。口に含むと茶の甘みと酸味と渋みの調和が楽しめる。
「おつなものですねぇ。こういった洒落た飲み方は知りませんでしたよ。勉強になりやす」
「一緒に住んでたお婆ちゃんに、色々習ったのよ。先人の知恵って、本当にすごいわよねえ」
「そうですねぇ」
まるで主婦のお茶会である。お茶と果物に舌鼓を打ち、些細な幸せを感じている。
「このご時勢にみずみずしい果物が頂けるのはありがたいこってす」
「そういえば、お婆ちゃんから昔聞いたことがあるんですけど、なんでも枯れる事もなく、切ってもそこから繁殖するっていう植物があるらしいんですよ」
「雑草魂とは聞きやすが、それ以上の生命力を感じる植物でさぁね?」
「もし食べられるなら、自給自足のためにもいいのではないかと思って」
この世界に存在しているかはわからないが、そういう類の植物があるなら畑で自家生産も良いのかもしれない。
「それ、腹の中で繁殖しちゃったりってぇこたぁ、さすがにないでございますよね?」
「さすがに酸とか燃焼とか細胞レベルで壊れちゃったら無理なんじゃないですかね?」
踊り食いを想像して若干顔が引きつった。
「ま、まあ、栽培をするってぇなら、普通の植物でもようござんすよね?」
「そ、そうですね」
二人のティータイムはゆっくりと過ぎていった。

 

 

かなり大き目の棚を抱えて、金色の髪をした少年は必死に一歩一歩を踏み出している。
「本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫です!遺電子がなくたってこのくらい……!!」
自分から言い出したことだ。力仕事をするといった手前、引くことは出来ない。
大の大人二人がかりでも厳しそうな棚を、一人で運んでいる。脂汗が額ににじむ。手足が少し、プルプルしてきた。
どういうわけかテオの『豪腕』は機能していないのである。この世界に来たときのショックか、遺電子システムの故障か、記憶障害の延長かなにかでずっと使えていない。
「なら、チカヤちゃんが手伝ったらいんじゃねって、オジサンは思うんだなあ」
そういうカミはいつもと変わることなくソファに寝転んで、モンドの作った燻製をかじっている。
「チカヤさんよりどう見てもカミさんのほうが暇そうだけど……」
アオバにそう言われても全く動く気配も見せない。仕事上、チカヤもアオバも決して腕力があるほうではない。
と、急に棚が軽くなった。
「ちんたらやってんじゃねーよ。邪魔くさい」
エドワードではない方の公務員……元営業のエリーゼが棚を軽々と持ち上げていた。
「あ……す、すみません」
申し訳なさそうにテオが頭を下げる。明らかに細い、それも女性に助けてもらったことが少し情けない。思えばアームのときもルインに助けられた。
「気にすんなよ。あたしはサイの力使えてっからなんだし。てめえだって力が戻ればなんてこたあねーだろ?」
「それはそうなんですけど……」
世話になっているからには何かしらの役に立ちたい。自分に出来ることは力仕事くらいしかないから、せめてこのくらいはと思ったのだが正直自分にがっかりした。
「そういや、今日はあのちっこいお姫さんと一緒じゃネーの?」
「アズはいまアデリーさんのところに行ってるみたいです」
なんとなく、アズリエルとは気兼ねなく一緒に居られる気がする。けれど、彼女にもたくさんの人と接して欲しい。
「そっかそっか、まー力のことは気落ちすんなよ。戻る方法、あたしも捜してやっからさ」
「は、はい。ありがとうございます……」
怖い人だと思っていたが、話してみると存外に良い人だった。やはり、オドオドしているだけでは何も進まないのだと思う。
力が使えなくても、何か出来ることを探そう。
テオは、自分の『役割』ややれること、やりたいことを改めて考えるのであった。

 

 

「お、いたいた」
テオに聞いたとおり、アデリーの部屋にアズリエルはいた。
「エリーゼさん、どうしたのですか?」
アデリーが尋ねると、エリーゼはにっかりと笑顔を浮かべて宣言する。
「ちょっとばかり、てめえらとお近づきになろうと思ってなー」
意外なことにアズリエルどころかアデリーも友達が増えたとはしゃいでいる。女子が二人でいたことは好都合だったのかもしれない。
あまり柄ではなかったが、知っている民話を聞かせたり、二人が額の角を怖がらずむしろ興味を持っていたので触らせたり、子供がいたらこんな感じだろうかというくらい自分なりに気を使って接した。
二人はどうやら気を許してくれたようで、少し自分になついてくれたような気がする。
会話の流れで、アズリエルの祖父のこと、ハッキングのことをそれとなく聞いてみた。
「じーじはアズたちに優しいけど、お仕事には厳しい人だったよ?でも、パパとはあんまり仲良くなかったみたい。だから、社長はいったんパパに譲ったけど、遺産はアズたちに渡すことにしたんだって」
そういえば、父親や母親の話はあまり出てこない。けれど、その話には今は触れないことにした。チカヤが、アズリエルがあまり親に構われなかったという話をしていたからだ。
「そりゃハッキングは、ラファエルなら出来ちゃうと思うけど……一緒に作ってた人かもしれないし、誰かがウィルス入れてたって事も考えられるよね?」
「アズちゃん……」
少女は涙目になっている。弟と離れて心細いのもあるだろうし、更には弟が疑われていることにもショックを受けているのだろう。隣ではそんなアズリエルをアデリーが心配そうに見つめている。
「あたしはむしろ、ラファエルじゃない可能性を疑って聞いてるのさ。そんなに脆弱なシステムをそのラファエルが作ったとも思いにくいからな」
「エリーゼ……!!」
胸に飛び込んできた子供をぎこちなく抱きしめてやった。あまりこういうことには慣れていないが、さすがに不安がっている子供と突き飛ばすようなことをするほど人間は腐っていないつもりだ。
「……開発途中で何かあったのかもしれない。ラファエルと会えたら良いのに……」
アズリエルも、アデリーもまだ十代の子供だ。親元を離れてこんな所での生活を余儀なくされている。
普段の笑顔に隠されてはいるが、相当に不安は大きいだろう。
政府の一員として、早く何とかしてやりたいと思うエリーゼなのだった。