●勇者継承●

 

【ある若者が、恐ろしき魔王―暗黒竜と呼ばれたそれ―を退治し、勇者と崇められた。
 それが世間に伝わっている『現実』だ。
 しかしながら、『真実』はこうだ。
 国王の命を受けた一人の青年が、暗黒竜討伐に乗り出した。
 しかし彼は知ってしまったのだ。暗黒竜が決して、自らの意思で暴れているわけではないことを。
 そうして青年は、彼女の負の一端を引き受け永遠の眠りに付き、彼と心を通わせた暗黒竜は嘆き悲しんで姿を消した。】

 

『ネクストへヴン』という会社が開発した、体感型オンラインゲーム『ダークドラゴンズ』の導入シナリオである。
シエルクルール暦2656年現在、ゲームの形は仮想空間で映像を擬似質量的に具現化し、それを体感できる「リアル体感型」が主流となっていた。
このシナリオはシエルクルールに伝わる古くからの物語を基にしている。『伝説』とさえ言われている、誰しもが知っている物語だ。
ジャンルとしてはファンタジー、といった所だろう。
現実世界には存在しない『ドラゴン』や『モンスター』といった想像上の生き物が臨場感溢れる舞台で暴れ周る。
仲間と出会い、戦略を練り、大多数でそれらと戦うことで人気を博し、子供から大人まで今尚支持の高いゲームなのだ。
この後、プレイヤーは勇者の遺志を継いだものとして、暗黒竜を探し出し、共に本当の悪と戦っていく。それが冒険の趣旨だ。
これまで幾度かのアップデートを重ね、その度に強大な敵や、敵方に付くことのできるPV(プレイヤーヴァーサス)システムなども導入された。

 

しばらく大きなアップデートはなかったのだが、ここ最近になって。
新たなシナリオの情報の書き込みがソーシャルネットワークの巨大掲示板内に投稿されたのだ。
二次創作だとも、社員のリーク情報だとも噂された。
掲示板投稿はネクストヘブン社からされていたとマスコミに報じられたものの、当のネクストヘブン社からの公式発表はなく一切の沈黙を保っている。

 

ビルのシステムメンテナンスをしていたマルロ・マルロイは片手間に情報を集めている。
彼の内臓モニターに、また新しい掲示板の情報が流れ込む。

 

【その数十年の後。青年の子孫が勇者の血族とあがめられ、再び魔族討伐の任を受けることとなった。
 生まれながらにして勇者にされてしまったその子孫は従者から「暗黒竜」の秘密を耳にしてしまう。
 そうして、その子孫もまた、青年と同じ道を辿った】

 

始めに書き込まれた文章はこれであった。
しかし、すぐに導入シナリオと同じように『真実』部分が書き加えられたのである。

 

【だがこれは世界が認識している『現実』であって『真実』ではない。
 かの子孫は、人々に"勇者にされた"のであって、勇者ではない。
 ゆえに、暗黒竜を見つけられなかったし、勇者となることを拒否し、世界を救うことを放棄した】

 

「なーんだかサイバーテロっぽいねー。こんな物騒な話より新しい食材の話題でもしてくれないかなー」
大衆小料理屋で調理師のバイトをしていたスズカ・ステラは猫の耳と尻尾を揺らしながら、店に備え付けられたTVを眺めてため息をついている。
「そういやうちの役所にもいたずらなのか、似たような書き込みが来てましたよ」
公務員風の長身の美麗な男―エドワード―が目を合わせずにボソリとつぶやいている。

 

若者たちは"次の勇者は自分たちだ"と盛り上がった。
ユリカ・ユリリエストの目は輝いている。
「ふがいない勇者など要らぬ。私がこの世界の覇王となるのだからな!」
やはり会社からの投稿であったという情報がどこからか漏れたことが大きかったのだろう。あまりゲームに精通しない彼女の耳にすら、その情報が行き渡っている。

 

エスメレー・アーチェットの周囲を……不穏な風が凪いだ。
「これは……伝承が……世界に干渉する……?」

 

なんにしても彼ら、若者にとっては娯楽の材料でしかない。

……これらが、2000年ほど前の『真実』であったとしても。

「これで……いい」

黒い影はめまいを感じながら……闇へと消えていった。